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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)119号 判決

原告

大日本印章株式会社

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金二一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外中部リース株式会社(以下「中部リース」という。)との間で、昭和六〇年一月二五日左記のとおり自動車賃貸借契約を締結した。

リース期間 昭和六〇年一月二六日から昭和六三年一月二五日まで

リース物件 名古屋七七ち五八六九、自家用自動車スプリンター

リース料 一箇月金四万九三〇〇円

2  被告は損害保険の引受けを業とするものであるが、昭和六〇年一月三一日、中部リースとの間で、被保険者を原告として被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を被告が填補することを内容とする左記の自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。なお、本件保険契約は中部リースと原告との間に締結された前記自動車賃貸借契約のリース契約基本約款第一六条に基づくものである。

保険期間 昭和六〇年一月三一日から昭和六一年一月三一日午後四時まで

被保険自動車 1項記載のリース自動車

担保種目 対人賠償

保険金額 一名につき七〇〇〇万円

3  昭和六〇年一〇月一日午前八時四五分ころ、北海道札幌郡広島町字島松二一番地の道央自動車道上り線札幌南インターチエンジから一九・七キロ地点で営業活動のため札幌市中央区の原告北海道支社を出て東室蘭へ行く途中の原告従業員畠山博史運転の被保険自動車が衝突(自損)事故をおこし、右車両に同乗していた原告従業員下山槇夫四二歳、同菅野正志四一歳及び同本間軍次四二歳の三人が右事故により死亡した。

4  右下山槇夫、菅野正志、本間軍次の各損害額は以下のとおりである。

(一) 下山槇夫の損害額 金六五〇四万七三一七円

(1) 逸失利益 金四九三四万七三一七円

年齢別平均給与額を基礎とする逸失利益

年齢別平均給与額・・四二歳・・三九万六八〇〇円

三九万六八〇〇(円)×一二×(一-〇・三五)×一五・九四四=四九三四万七三一七(円)

(注) 一-〇・三五・・本人の生活費分を控除

一五・九四四・・四二歳に対する新ホフマン係数

(2) 葬儀費用 金七〇万円

(3) 慰謝料 金一五〇〇万円

(二) 菅野正志の損害額 金六五七四万二一〇三円

(1) 逸失利益 金五〇〇四万二一〇三円

年齢別平均給与額を基礎する逸失利益

年齢別平均給与額・・四一歳・・三九万一七〇〇円

三九万一七〇〇(円)×一二×(一-〇・三五)×一六・三七九=五〇〇四万二一〇三(円)

(注) 一六・三七九・・四一歳に対する新ホフマン係数

(2) 葬儀費用 金七〇万円

(3) 慰謝料 金一五〇〇万円

(三) 本間軍次の損害額 金六五〇四万七三一七円

(1) 逸失利益 金四九三四万七三一七円

年齢別平均給与額を基礎とする逸失利益

年齢別平均給与額・・四二歳・・三九万六八〇〇円

三九万六八〇〇(円)×一二×(一-〇・三五)×一五・九四四=四九三四万七三一七円

(2) 葬儀費用 金七〇万円

(3) 慰謝料 金一五〇〇万円

以上三名合計額 金一億九五八三万六七三七円

5  原告は、前記車両を自己のために運行の用に供する者として、訴外畠山が右同乗者三名の相続人に与えた右の損害を賠償する義務があるから、原告は被告に対し、本件対人賠償保険の一人あたりの限度額である金七〇〇〇万円の範囲内にある右の損害賠償債務合計金一億九五八三万六七三七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるところ、原告は下山槇夫の相続人へ昭和六〇年一一月三〇日本件事故の損害賠償金として金二一〇〇万円を支払つたので、右のうち一部請求として右金員及びこれに対する昭和六一年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3の事実のうち原告の従業員である下山槇夫、菅野正志、本間軍次の三人が被保険自動車を利用して原告の業務に従事中事故により死亡したことは認めるが、その余は不知。

3  請求原因4の事実は不知。

4  請求原因5の事実のうち、原告が被保険自動車の運行供用者であることは認めるが、その余は不知。

三  抗弁

訴外下山槇夫、同菅野正志及び同本間軍次は原告会社の従業員であり、原告会社の業務に従事中事故に会い、死亡したものであるから、同人らは被保険者の業務に従事中の使用人に当たる。

よつて、自家用自動車総合保険普通保険約款第一章第一〇条(4)により、被告は免責される。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  訴外人らが被保険者の業務に従事中の使用人に当たることは認めるが約款の拘束力及び効力については争う。

2  約款の拘束力の根拠はあくまで本人の意思に求められるべきであり、それから招来される不都合は、意思の推定という解釈技術を用いて是正されるべきである。したがつて、約款の交付等により、約款によることと、その約款の内容とを知りうべき状態にあつてはじめて、本人の意思が推定され、約款の拘束力が認められると解されるところ、保険契約者たる中部リースに本件約款が交付されているか否かは明らかでないから、交付の事実が明らかでない以上免責規定の効力を主張することはできないというべきである。

3  また、本件車両のリース期間が三六箇月間と長期であること、期間満了まで借主は解約することができないこと、いかなる理由により車両を返還してもリース料金と同額の損害金を支払わなければならないこと及び原告が自賠責保険の保険契約者であることから明らかなように、原告は、法形式上はリース契約により本件車両の単なる使用者となつているが、リース契約の実質はいわゆるフアイナンスリースであつて、貸主たる中部リースは金融上の便宜供与者であり、原告は本件車両の実質上の所有者といえる。しかも、本件保険契約の保険料は原告が支払つている。

したがつて、原告は保険契約者たる中部リース以上に本件保険契約の当事者の地位にある、というべきである。

以上の次第であり、被告は本件保険契約の効力を原告に及ぼすことを知悉していたのであるから、被告は本件保険契約締結時あるいは直近時に原告にも約款を交付し説明することによつて、当該約款の条項が契約内容となつていることを知らせる機会を与えるべきであつたにもかかわらず、これを怠つている以上、約款の拘束力を原告に主張することはできない。

4  仮に、右約款の拘束力を認めたとしても、その免責を認めることが不合理と判断されればその免責の効力は否定されるべきである(最高裁判所昭和四四年四月二五日判決・最高裁判例集二三巻四号八八二頁参照)。

これを本件免責条項についてみると、一般的に被保険者の使用人が業務中に発生させた事故について、その使用者及び同乗の使用者の損害について業務中であるとの理由のみで損害を填補しないというべきではなく、その業務の危険性や、そのための自動車の使用が危険度の高いものであるとき又は運転行為の危険性を考慮して限定的に考えるべきである。

右のように限定的に考えた場合、本件については免責を認めるべき合理的理由がないから、免責条項の効力は及ばない。

五  原告の主張に対する被告の反論

被告は、本件保険契約者である中部リースに対し保険証券及び自家用自動車総合保険の約款を交付済みであり、右約款が契約内容となつていることはいうまでもない。また、原告主張の事情が中部リースや自賠責との間にあるからといつて、原告が本件保険契約の当事者となることはなく、原告は保険契約者中部リースが定めた記名被保険者(賠償被保険者)にすぎない。ちなみに、原告と中部リースとの間には原告も自認するように被保険車両についての保険契約締結条項があり本件保険契約はこれによるものであるから、原告は右条項に基づき本件保険契約の内容を知り得る立場にある。なお、原告は被告との間に別車両についてではあるが本件保険契約と同種の契約を締結しており、自家用自動車総合保険の約款の内容は充分知つている。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(リース契約)、2(保険契約)の事実並びに請求原因3(事故)の事実のうち、原告の従業員である下山槇夫、菅野正志及び本間軍次の三人が被保険自動車を利用して原告の業務に従事中事故により死亡したこと並びに請求原因5の事実のうち、原告が被保険自動車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

二  次に成立に争いのない乙第二号証によれば、中部リースと被告間に締結された本件保険契約の普通保険約款第一章第一〇条(てん補しない損害1その2 対人賠償)に「当会社は、対人事故により次の者の生命または身体が害された場合にはそれによつて被保険者が被る損害をてん補しません。」として「(4)被保険者の業務に従事中の使用人」と定められていることが明らかであるところ、前記の争いのない事実によれば、死亡した下山、菅野及び本間の三名が右(4)にいう「被保険者の業務に従事中の使用人」に当たることもまた明らかであるから、被告の抗弁は理由があり、原告の請求は損害の具体的内容について判断をするまでもなく理由なきに帰し棄却を免れない。

三  原告は、右約款の拘束力あるいは効力を争い種々主張するけれども、以下に示すとおりすべて理由がなく、採用することができない。

まず、中部リースへの約款の交付については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証によれば、昭和六〇年二月一七日にその交付があつたことが認められ、次に、原告が保険契約の当事者の地位に立つとして、原告にも約款の交付等によりその内容を知らしめるべきであるとする点については、リース契約の特質が原告主張のとおりであるとしても、そのことから当然に原告が保険契約者の立場に立つと解すべき契約法上の根拠はなく、したがつて、また、保険者たる被告において保険契約者たる中部リースとは別に原告に対し直接約款を交付するなどしてその内容を知らしめるべき義務があるとはたやすく解し難い。のみならず、当事者間に争いのない本件保険契約が原告と中部リース間のリース契約基本約款第一六条に基づくものであることからすれば、本件約款の交付等はむしろ中部リースと原告間の問題として処理さるべき事柄であると解し得るところ、被告が中部リースに約款を交付したことは前認定のとおりであるから、これにより原告としては約款の内容を知り得る立場にあつたということができ、被告の措置に違法視すべき点はない。また、約款の前記免責規定は、企業活動に基づく事故については労働者災害補償保険の分野にその解決をゆだねることとするのが事柄の性質上適切であるという合理的理由に由来し、その内容に特段不合理なところはないから、これを原告のいうごとく限定的に解釈すべきいわれはない(原告引用に係る判例は、本件の事案を異にするものであり適切でない。)。

四  よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精)

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